小説やエッセイ、漫画などの本を執筆する際に出版社と本の出版に関する契約を交わすことが一般的です。出版契約書とは製作・出版する本について、作者と出版社との間の権利関係を定める契約書です。今回は出版契約書を制作し出版契約を締結するにあたって注意すべき点について順に説明いたします。著作権の基本的な事項はこちらの記事にも書いてありますので合わせてご一読ください。
1.出版契約書とは
出版契約書は、著者と出版社間の権利と義務を定める重要な文書です。この契約は複雑な内容を含むため、口頭ではなく書面での締結が望ましいとされています。これにより、将来的な誤解やトラブルを防ぐことができます。特に、著作権に関する法律は時代とともに変化しており、2015年の著作権法改正により、出版契約書は電子出版を含む現代の出版環境に適応するように進化しました。この改正は、電子書籍の普及に伴い、著作権の保護と利用のバランスを取るために必要とされました。したがって、出版契約を結ぶ際には、これらの点を十分に理解し、適切な条項が含まれていることを確認することが重要です。
2.出版契約の主な形式
2‐1.出版権設定契約
出版権設定契約は、著作権者が出版社に対して特定の著作物の出版を許諾する契約です。この契約により、出版社はその著作物を独占的に出版する権利を得ます。出版権は、著作権法第79条と第80条に基づいて規定されており、著作物の複製権を含む独占的な権利を出版社に与えます。
出版権設定契約は、日本の出版界で最も一般的な契約形態であり、著作権者と出版社の間で締結されます。この契約には期限が設けられており、特定の期間内に出版行為を行わなければならないという義務が出版社に課せられています。著作権法第81条によれば、出版社は著作物の引渡しから6ヶ月以内に出版行為をしなければならず、その後も継続的に出版を行う義務があります。
また、出版権の設定は、文化庁に登録することで第三者に対抗できるようになります。登録されていない場合、出版権者は第三者に対して差止請求などの権利行使ができないため、登録は重要な手続きです。
出版権設定契約は、著作権者にとって重要な保護手段であり、出版社にとっては独占的な出版権を確保する手段です。この契約を通じて、著作物の適切な利用と著作権者の権利が保護されることになります。
2‐2.著作権譲渡契約
著作権譲渡契約は、著作権者がその著作権を出版社などの第三者に譲渡する契約です。この契約により、譲り受けた側は著作者としての権利を行使できるようになります。著作権法に基づき、著作権は譲渡可能であり、譲渡された著作権には複製権や公衆送信権など、著作権者が持つ一般的な権利が含まれます。
著作権譲渡契約では、翻案権(著作権法第27条)や二次的著作物に関する権利(著作権法第28条)も重要な要素です。これらの権利を譲渡するためには、契約において明示的にこれらの権利が含まれることを指定する必要があります。翻案権は、著作物を脚色や映画化する権利を含み、二次的著作物に関する権利は、原作を基にした新たな著作物を作成する権利を指します。
著作権譲渡契約は、出版権設定契約や利用許諾契約に比べて、著作権者にとって不利益が大きい可能性があります。これは、著作権の全てまたは一部を譲渡することで、著作権者がその著作物に対する一定の権利を失うためです。しかし、権利の一元化が求められる場合や、特に海外での出版を考慮した場合など、著作権譲渡契約を結ぶことが適切なケースもあります。
著作権譲渡契約は慎重に検討されるべき契約形態であり、著作権者は自身の権利を保護するために、契約内容を十分に理解し、必要に応じて専門家の助言を得ることが重要です。この契約を通じて、著作物の広範な利用が可能になる一方で、著作権者の権利と利益を適切に保護するための配慮が必要となります。
2-3.利用許諾契約(出版許諾契約)
出版許諾契約は、著作権者が出版者に対して自身の著作物の利用(出版)を許可する契約です。この契約は、独占的なものと非独占的なものの両方が存在します。独占的利用許諾契約では、著作権者は特定の出版社にのみ著作物の出版を許可し、他の出版社には許可しません。一方、非独占的利用許諾契約では、著作権者は複数の出版社に対して出版を許可することができます。
出版許諾契約の特徴の一つは、第三者に対する直接の権利行使ができないことです。これは、著作権者がある出版社に対して出版を許諾しても、他の出版社が同じ著作物を出版した場合、許諾を受けた出版社は直接、その出版を差し止めることができないということを意味します。つまり、著作権者が他の出版社に対しても利用を許諾している場合、出版許諾契約が独占的利用許諾契約である場合は、許諾を受けた出版社は他の出版社に対して損害賠償請求をすることしかできません。
この契約形態は、著作権者が自身の著作物の広範な普及を望む場合や、特定の出版社に独占的な権利を与えたくない場合に適しています。しかし、著作権者は契約の内容を慎重に検討し、自身の著作物の利用方法や範囲を明確に定めることが重要です。また、出版許諾契約は著作権法の枠組み内で行われるため、著作権に関する知識を持つことが契約の成功に不可欠です。
3.出版の種類
日本における出版方法には、主に紙の出版と電子出版の二つの形態があります。紙の出版は伝統的な書籍の形態で、物理的な印刷物としての書籍が出版されます。一方、電子出版は、電子書籍や電子データとしての書籍を公衆送信するサービスやデータのダウンロード販売を含みます。電子出版契約は、これらの電子形式での出版を認める契約であり、出版社と著作権者間で締結されます。
近年、特にコミック分野においては、電子書籍が主流となっています。これは、デジタル化の進展と消費者の利便性の向上によるものです。電子書籍は、物理的なスペースを取らず、いつでもどこでもアクセス可能な点が魅力です。また、電子出版は、紙の出版に比べて製造や流通のコストが低く、より多くの読者にリーチする機会を提供します。
現在、多くの出版契約では、電子出版と紙の出版の双方を内容とする契約が一般的になっています。これにより、出版社は同じ著作物を異なる形式で市場に提供し、より広い読者層にアプローチすることが可能になります。このような契約は、著作権者にとっても有利であり、彼らの作品がより多くの人々に届く機会を増やすことができます。
紙の出版と電子出版の両方を含む出版契約は、出版業界における多様なニーズに応え、著作権者と出版社の双方にメリットをもたらす重要な契約形態となっています。
4.出版契約書の作成方法
次に出版契約書においてよく問題になるポイントや作成時期などについて簡潔に説明いたします。出版契約は著作者にとっては権利の範囲を定める点で重要であるとともに出版社にとっても出版できる権利の源泉であり、契約においてきちんと双方の大事な権利を定める重要な契約になります。
4-1.出版契約書の作成時期
出版契約の締結時期に関しては、特定のルールや規定が存在しないため、出版契約書の作成時期は柔軟に設定されます。この契約書は、著作権者と出版社間の合意に基づいて作成されるため、そのタイミングは両者の状況やニーズに応じて異なります。例えば、すでに完成している著作物の場合、出版社が作品を確認した後に契約を締結することが一般的です。一方で、人気作家や新しいプロジェクトの場合、出版社からの注文を受けてから契約を結び、その後に作品の制作を開始することもあります。
出版契約書の作成時期によって、契約書に記載される内容が変わることもあります。例えば、作品の完成度や出版のスケジュール、印税の計算方法など、契約の具体的な条件は、契約書が作成される時点の状況によって異なることがあります。したがって、出版契約書を作成する際には、現在の状況や将来の見通しを考慮し、適切な条項を盛り込むことが重要です。これにより、後々のトラブルを防ぎ、両者にとって公平で理解しやすい契約を確立することができます。
4‐2.日本書籍出版協会のひな型も参考に契約書を確認する
一般社団法人日本書籍出版協会が提供している出版権設定契約書のテンプレートは、日本の出版業界において広く利用されています。このテンプレートは、出版権の設定に関する様々な標準的な条項を網羅しており、出版社と著作権者の間での契約締結において重要な役割を果たしています。テンプレートはそのまま利用することができるほか、特定のプロジェクトや状況に合わせて必要な条項を抽出し、カスタマイズして使用することも可能です。
このテンプレートの利用により、出版契約のプロセスが簡素化され、契約当事者双方にとって明確で理解しやすい契約内容を確立することができます。また、標準化された契約書を使用することで、契約に関する誤解やトラブルを未然に防ぐことが可能になります。出版業界における契約書作成の際には、このテンプレートが有効なリソースとなるでしょう。
※参考:契約書 | 刊行物/契約書 | 社団法人 日本書籍出版協会
4‐3.その他の特有の記載事項
他にも出版契約書には同種の作品を他社において執筆しないことや出版に際して編集者や出版社の労力によって出来上がった電子データについてはこのデータの所有権は出版社にあることを確認する規定があったり、その他印税や支払時期に関する事項なども記載されることが通常です。
5.出版契約の注意点
5‐1.出版権の存続期間を確認する
出版権設定契約において、著作者は特定の条件下で契約を解除する権利を有しています。具体的には、出版社が契約内容の履行に遅滞や不履行を見せた場合、著作者は出版社に対して通知を行い、契約を解除することが可能です。この権利の行使は、著作者が自身の著作物に関して適切な扱いを受けることを保証する重要な手段となります。
さらに、著作物の内容が著作者自身の確信や意図に適合しないと判断される場合、著作者は出版社に通知することで出版権を消滅させることができます。これは、著作者の創作の自由とその作品に対する統制を保護するための重要な規定です。例えば、著作物が編集や加工を通じて原意から逸脱した場合や、著作者の意に反する形で使用されている場合にこの権利が行使されることがあります。
これらの規定は、著作者の権利を保護し、出版プロセスにおける著作者の意志が尊重されることを保証するために設けられています。出版権設定契約は、著作物の出版における著作者と出版社の関係を定めるものであり、このような条項によって、著作者の権利が適切に守られることが重要です。著作者は、自身の作品が適切に扱われ、自己の確信に沿った形で公表されることを期待することができます。
5‐2.出版権設定契約の場合、出版権消滅請求権がある点に注意
著作権法において、著作者は出版権消滅請求権(著作権法第84条第1項)を有しています。これは、出版権設定契約における著作者の重要な保護機制の一つです。具体的には、出版社が契約内容の履行に遅滞や不履行を示した場合、著作者は出版社に対して通知を行い、契約を解除することが可能です。この権利は、著作者が自身の著作物に対する適切な扱いを確保するために重要です。
さらに、著作物の内容が著作者の確信や意図に適合しないと判断された場合、著作者は出版社に通知することで出版権を消滅させることができます。これは、著作者の創作の自由とその作品に対する統制を守るための規定です。例えば、著作物が編集や加工を通じて原意から逸脱した場合や、著作者の意に反する形で使用されている場合に、この権利が行使されることがあります。
これらの規定は、著作者の権利を保護し、出版プロセスにおける著作者の意志が尊重されることを保証するために設けられています。著作者は、自身の作品が適切に扱われ、自己の確信に沿った形で公表されることを期待することができます。このように、出版権消滅請求権は、著作者の権利と創作の自由を守るための重要な法的規制となっています。
5‐3.印税に関する規定の確認
印税(著作権使用料)とは、著作権者が自身の著作物を出版社に利用させることによって得られる報酬のことです。この印税は、出版された書籍の売上に基づいて計算され、通常は売上の一定のパーセンテージとして設定されます。具体的な計算式は、売上高に印税率を乗じることで算出され、例えば売上が100万円で印税率が10%の場合、著作者には10万円の印税が支払われます。
出版権を設定する際には、印税の確認が非常に重要です。印税の計算基準となるパーセンテージ、発行部数か売上部数に基づくか、そして印税の支払日などの条件は、契約書に明記されるべきです。これにより、著作者と出版社の間での誤解を防ぎ、著作者の権利を保護します。
印税には、主に生産印税方式と販売印税方式の二つの計算方法があります。生産印税方式では、印税は出版された書籍の発行部数に基づいて計算されます。たとえば、1冊あたりの印税が100円で、1,000冊発行された場合、著作者には100,000円の印税が支払われます。この方式では、書籍が実際にどれだけ売れたかに関わらず、発行部数に基づいて印税が確定します。
一方、販売印税方式では、実際に売れた書籍の数に基づいて印税が計算されます。この方式では、書籍の売上実績が印税の額に直接影響を与えるため、売れ行きによって著作者の収入が変動します。例えば、1冊あたりの印税が100円で、実際に500冊売れた場合、著作者には50,000円の印税が支払われます。
これらの印税方式の選択は、著作者と出版社の間での契約によって決定されます。著作者は、自身の著作物の性質や市場の状況を考慮して、最も適切な印税方式を選択することが重要です。また、出版契約を締結する際には、これらの印税方式の違いを理解し、自身の権利が適切に保護されるように注意する必要があります。
5-4.二次利用の条項がある場合は特にその内容に注意
出版契約において、著作物の二次利用に関する許諾の範囲は、必ずしも契約の一部として含まれるわけではありません。多くの場合、著作者と出版社は、別途二次利用契約を締結することで、映画化、翻訳、電子メディアへの利用など、著作物のさまざまな形態での利用に関する権利を定めます。この際、著作者は二次利用権を出版社に独占的に許諾することが一般的ですが、これには重要なリスクが伴います。
二次利用権を出版社に独占的に許諾することにより、著作者はその著作物に関する二次利用に関する交渉の機会を失います。これは、著作者が自身の作品に対して持つ権利の一部を放棄することを意味し、将来的にその作品が映画やテレビ番組、電子書籍など、他のメディアで利用される場合、著作者はその利用に関して直接的な発言権を持たなくなることを意味します。これは、特に作品が大きな成功を収めた場合、著作者にとって大きな損失となる可能性があります。
また、一度二次利用の権原を出版社に許諾してしまうと、後になって契約内容を変更することは非常に困難です。契約は法的な拘束力を持ち、一度締結されると、その条件を変更するには両当事者の合意が必要になります。出版社が既に権利を取得している場合、著作者が後から条件を変更したいと思っても、出版社がそれに同意しなければ変更は不可能です。
このため、著作者は出版契約を締結する際に、二次利用権に関する条項に特に注意を払う必要があります。可能であれば、二次利用に関する権利を完全に放棄するのではなく、特定の条件下でのみ許諾する、または一定の期間後に権利が著作者に戻るような条項を設けることが望ましいでしょう。また、著作者は自身の作品の将来的な価値を考慮し、短期的な利益だけでなく、長期的な視点から契約を検討することが重要です。二次利用権に関する契約は、著作者のキャリアに大きな影響を与える可能性があるため、慎重な検討が必要です。
二次利用の例)【推しの子】のアニメ化事例(https://www.youtube.com/watch?v=7GCyQkTSgk0 より引用)
5‐5.著作権の譲渡・著作者人格権の不行使の条項に注意する
著作権の譲渡は、著作者にとって重大な意味を持つ決断です。一度著作権を譲渡してしまうと、その権利を原作者に戻すことは非常に困難です。これは、著作権が法的に保護された財産権であり、一度他者に移転されると、その権利を回復するためには譲受人の同意が必要になるからです。さらに、著作権の譲渡は、二次利用に関する交渉の機会やインセンティブを失うことを意味します。著作者が自身の作品に関して持つ権利を放棄することになるため、将来的に作品が大きな成功を収めた場合でも、その恩恵を受けることができなくなります。
また、著作者人格権不行使特約に関しても、著作者は慎重に検討する必要があります。著作者人格権とは、作品に対する著作者の精神的な結びつきを保護する権利であり、作品の氏名公表権や同一性保持権などが含まれます。著作者人格権不行使特約を結ぶと、著作者はこれらの権利の行使ができなくなります。これは、著作者が自身の作品に対して持つ精神的な権利を放棄することを意味し、作品が原作者の意に反して改変されるリスクを伴います。出版社が作品を改変する場合、著作者はそれを阻止する手段を失うため、作品の本来の意図や品質が損なわれる可能性があります。
これらのリスクを考慮すると、著作者は著作権の譲渡や著作者人格権不行使特約に対して極力対応しないことが望ましいです。著作権の譲渡や著作者人格権の放棄は、短期的な利益に目を奪われることなく、長期的な視点から検討する必要があります。著作者は自身の作品に対する権利を維持し、作品の将来的な価値や影響を最大限に活用することが重要です。契約を締結する際には、法的な助言を受け、自身の権利と作品の未来を守るための適切な措置を講じることが求められます。
6.まとめ
出版契約は、著作者と出版社間の権利と義務を定める重要な文書です。この契約において、著作権の譲渡や二次利用権の設定、印税の計算方法などが重要な要素となります。特に、著作権の譲渡や著作者人格権不行使特約は、著作者にとって大きなリスクを伴うため、慎重な検討が必要です。また、印税は生産印税方式と販売印税方式の選択があり、著作者の収入に直接影響します。出版契約を締結する際には、著作者の権利保護と作品の適切な扱いを確保するため、契約内容を十分に理解し、必要に応じて専門家の助言を求めることが重要です。