前田拓郎法律事務所にて、お客様からご相談いただいたご相談の解決事例をご紹介いたします。
今回は漫画家、作家のみなさまと関係が深い、報酬の支払いに関するご相談です。
ご相談内容
出版社より電子図書(書籍)で連載の依頼を受けました。
報酬は1話10000円で、連載は30話続きました。
その後、電子図書による閲覧数が好調だったため、紙による出版も行うことになりました。
依頼者から出版社に対して、出版契約及び印税について交渉を始めたところ、出版社側は紙による出版については、すでに報酬を支払っているので印税の支払いはできないと回答されてしまいました。
このような出版社の対応は納得できるものではなく、きちんとした報酬を支払ってほしいです。
今回の問題点
1.原稿料と印税の区別
一般に作家さんや漫画家さんが文章や漫画などを連載執筆する場合、執筆作業に対する対価と完成した著作物を出版社が利用することに対する対価が作家さんらの報酬になります。
このうち、執筆作業を行うことに対する対価のことを原稿料、作成した著作物を出版社が利用して紙ないし電子書籍として出版することに対する対価(著作物の利用料)のことを印税と言います。
- 原稿料:執筆作業を行うことに対する対価
- 印税:作成した著作物を出版社が利用し、紙・電子書籍として出版することの対価
本件では出版社から依頼者に対し、連載執筆に対しての依頼がなされていたにもかかわらず、報酬の性質を出版社が原稿料として把握していなかったことがトラブルの原因になりました。
2.印税の認識
本件において、出版社側は原稿料のことを印税の前払いと称しており、依頼者に対して払う報酬の性質について印税と原稿料を混同しています。
本来印税と原稿料は報酬としては別の扱いであるとともに、印税の支払いは出版部数や売り上げに応じて一定割合を乗じて支払われることが一般的です。
しかし、あらかじめ依頼者に対する報酬を定額にする契約形態は、出版部数の売り上げによるメリットを一方的に出版社が享受する仕組みになる点で、作家側に不利な契約になります。
このような取り扱いを出版社が考えていること自体が、契約形態として不合理不適切である側面もありました。
3.口頭で合意を結んでしまった
なにより本件では、事前に原稿執筆の対価としての報酬であること、
さらに、印税については売り上げについて一定率を掛けた歩合制で支払われることなどを、あらかじめ書面で取り決めずに執筆や連載を始めてしまったことにより、作品が公開された後で支払いトラブルが生じてしまっています。
あらかじめ原稿料と印税率について、契約書で決定してから執筆を始めれば報酬に関するトラブルが生じることはありませんでした。
本件ではこの点も大きな問題点になりました。
解決のアドバイス
今回のご相談の解決に向けて、ご依頼主さまが出版社とやりとりを行う際に、問題が起きている状況・背景の整理や出版社と円滑に交渉を行うためのアドバイス、サポートを行いました。
1.出版社とご依頼主さまへのアドバイス
本件ではまず依頼者と出版社との間に具体的な著作物の利用条件や出版条件についての取り決めがなかったこと、執筆に際しての報酬として出版社が金額提示したことなどを確認しました。
そのうえで、これらの事情から依頼者の執筆した著作物に関して利用許諾に関する契約が出版社との間に成立していないこと、及び出版社から支払われた報酬が執筆作業に対する対価、すなわち原稿料としての性質を有するものであると認められると判断できました。
したがって、弊所では依頼者に対し、本件で出版社から頂いた報酬は原稿料であり印税ではないこと、
原稿料は印税とは別物であり、原稿料は印税の前払にはおよそなりえないこと、印税についての取り決めはまだ依頼者と出版社との間においては決定されていない点にかんがみれば、現段階について紙の出版についてはもちろん電子図書としての出版についても、出版許諾契約は成立しておらず、出版社は依頼者の許諾なく紙による出版はできないことを伝えました。
さらに、適正な印税率に従い依頼者に印税を支払わない限り、著作物の利用は認めないと交渉する旨の助言をいたしました。
2.双方との問題の解消・合意に向け出版許諾契約を締結
その後出版社は依頼者の対応を受けて改めて出版許諾契約書を依頼者との間において準備し、印税を別途依頼者に支払うことに合意し、契約書を作って出版許諾契約を締結しました。
本件では原稿料はすでに支払われていたこともあり、出版社が依頼者の対応を拒否するリスクが低かったのが幸いしました。
みなさまへのアドバイス
本件のように、作家さまが本来受け取れるはずの報酬に対するトラブルにならないために、みなさまに気をつけてほしいことをお伝えいたします。
1.契約書の作成は必須です
出版の事例においては出版権の設定契約、もしくは出版許諾契約が出版社と作家との間に締結されます。
多くの場合出版社は独自のひな型を有し、作家はその雛形の文言を確認して締結することになります。しかし、この契約書を提示されるタイミングが執筆が完了したのちに提示されることや、ひどい場合には先行して出版されたのちに提示されることがあります。
このようなタイミングの提示だとまず、執筆に際しては対価について合意がままならない形で執筆するケースなどに陥りやすいこともあります。
作家側が印税や原稿料を適切にもらうことが困難になるケースや、後に原稿料と印税の区分を明確にしないことによる契約締結後に支払われる報酬の総額が低く抑えられるリスクがあります。
このような事態を避けるためには、まず執筆を始める段階で最低限の原稿料に関する取り決めと著作物利用料に関する印税率の取り決めを契約書を通じて行うことが必要です。
契約は口頭でも成立するのが民法の一般原則ですが、裁判で口頭の合意があったことをトラブルになったのちに、事後的に立証するのは至難の業でもあります。
したがって、トラブルになったときに裁判で報酬を確保することまでを見据えるためにも、契約書を作成して報酬の所在を明確にすることが大事になります。
2.原稿料と印税など、なにに対する対価なのかを明確にしましょう
前述したとおり、出版の過程において作家さんや漫画家さんが受ける報酬は原稿料と印税に大別されます。
出版社は本などの販売のために著作物の利用に関する取り決めは契約を通じて行うことが多い一方で執筆の対価である原稿料については明確に原稿料を払う旨の意思表示を明確にしないケースもまま見受けられるところです。
最悪の場合、執筆が済んだ後に出版社が出版許諾契約だけ結んでおいて、作家に対して原稿料は払われない(出版社が原稿料の支払いを拒否する)ケースなどもあります。
原稿料についての定めがない場合、事後的に出版社から原稿料の支払いを裁判で強制するには原稿料を支払うことの合意があったことを裁判で主張立証しないといけませんが、出版社が執筆段階で原稿料についての姿勢を明示しないまま執筆が進められた場合は原稿料を支払う旨の合意があったことを事後的に立証することは困難です。
したがって、少なくとも執筆に先立ち原稿料の支払いについて、原稿料の金額や原稿料として支払う旨の合意がなされた記録(メールやチャットツールのログなど)を作家側において残すことが必須になります。
原稿料については出版社が原稿料支払いに関する契約書を用意していないことも往々にあるので、可能であれば原稿料の支払いや納品した現行の利用についての取り決めについて、作家側において契約書のひな型を用意することが望ましいと言えます。
類似の案件例
参考例1.社内でコラム連載の依頼を受けたが、企画が頓挫してしまった。
作成済みの原稿の費用は回収できるのか
原稿の制作に関して、社内で上司より「新しく企業のコラムを連載することになり、連載について1話5000円で作ってほしい」と言われて、これを受諾しました。
契約書は社内のことなので作られなかった。
上司の指示に従い連載を3話分作ったところ、企業のコラムの連載企画は社内でお蔵入りすることになった。
上司からは「今回のコラムについては企画が没になったので、連載の報酬の件もなかったことにしてほしい」という回答を得ました。このような場合に原稿の支払いを求めることはできるか。
回答
社内の事案であったとしても依頼者が個人として社の業務とは別に社から執筆依頼がなされこれに同意した以上執筆契約に関する合意は成立しており、これに従いコラムを執筆して納品した以上は社に支払い義務があります。
社内においてコラム企画がとん挫したのは会社側の一方的な事情であり、これを理由にして原稿料の支払いを免れることはできないと考えられます。
ただし、コラムの執筆について会社と依頼者との間の合意を立証するのは、口頭の情報しかなく困難であるとみられます。
参考例2.出版者から漫画執筆の依頼をうけたが、出版社の企画で本誌連載にはいたらなかったが、ネームからペン入れまで完成した原稿の報酬はもらえるのか。
商業漫画の出版社の編集者から、漫画の執筆を依頼されました。
これに基づき20ページの漫画をネームからペン入れまで完成させた。しかし、制作した作品は、編集企画で本誌連載にまで至ることなく、公刊されることはなかった。
編集者からは本誌連載になかった以上、報酬を支払うことはできないと言われてしまいました。
回答
本件では、報酬額の提示がないものの、漫画の執筆を行うことに対する合意はあります。
商業漫画の連載のための執筆作業案件は、漫画家(個人事業主)と企業間との契約です。商人間の契約であると通常考えられるので、執筆に際し相当額の報酬を支払う合意があったと考えられるケースが多いものと考えられます。
漫画の執筆現場において、連載されない限り報酬は払わない慣行があると主張されるケースも散見されますが、民法及び商法の一般原則にかんがみれば、そのような慣行及び主張は合理性を欠くものであり、裁判で一般に受け入れられる蓋然性は低いと言わざるを得ません。
したがって、このような場合では漫画化に対する原稿料の相場金額などを踏まえて、平均的な金額として考えられる額を原稿料として算定して立証していくことになります。
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